大阪地方裁判所 平成6年(ワ)5687号 判決 1995年12月15日
原告
西善三
同
西孝子
右両名訴訟代理人弁護士
北野幸一
被告
長谷川淳一
右訴訟代理人弁護士
岡和彦
主文
一 被告は原告両名に対し、各金二九九四万四四六八円及びこれに対する平成三年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告両名の被告に対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告両名の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告らの請求
被告は原告両名に対し、各金四五八五万〇六五〇円及びこれに対する平成三年一二月一五日(事故日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、交差点において右折中の普通乗用自動車と直進普通乗用自動車との衝突死亡事故について、右折車の運転者の遺族が、自動車損害賠償保障法三条に基づいて直進車の運転者を被告として損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
① 日時 平成三年一二月一五日午前三時四〇分ころ
② 場所 大阪府泉北郡忠岡町高月南一丁目二番先路上
③ 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(和泉五二ろ七四八七、以下「被告車」という。)
④ 被害車両 亡西愛二郎運転の普通乗用自動車(なにわ三三た二五三九、以下「原告車」という。)
⑤ 事故態様 右折中の原告車に直進して来た被告車が衝突した
2 愛二郎の死亡
西愛二郎(以下「愛二郎」という。)は本件事故による頸椎骨折により即死に近い状態で死亡した。
3 被告の責任原因
被告は被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者に当たる。
4 原告らの地位
原告西善三(以下「原告善三」という)は愛二郎の父、原告西孝子(以下「原告孝子」という)は母であり、いずれも愛二郎の相続人である。
5 損害の填補
原告らは、三〇〇〇万円の損害の填補を受けている。
二 争点
1 事故態様、過失相殺
(一) 原告の主張の要旨
被告は、飲酒のうえ、制限速度六〇キロメートルをはるかに超える時速一三〇キロないし一四〇キロメートルの速度で被告車を運転し、原告車が右折しているのを111.2メートル前方で認めながら、減速することなく直進したために本件事故が発生したもので、本件事故は被告の一方的過失によるものである。
(二) 被告の主張の要旨
愛二郎は右折する際に直進対向車である被告車が目に入っているはずであるから、直進車優先の原則にしたがって停止すべきであるのに、漫然右折を続けたもので、被告車の時速が一一〇キロないし一三〇キロメートルであったことを考慮しても、五〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。
2 損害額全般 特に逸失利益
(一) 原告の主張の要旨
愛二郎は、死亡当時、訴外西伝産業株式会社、同姫路西伝産業株式会社、同コトブキ産業株式会社の三社から計八二〇万円の年収を得ていた。右三会社はいずれも原告善三が代表取締役であり、西伝グループを形成していた。訴外姫路西伝産業株式会社はステンレス流し台の部品の製造、同西伝産業株式会社は右部品を用いて製品の製造、同コトブキ産業株式会社は製品の販売をしていたが、愛二郎は、右グループ各社の販売計画に合わせて、部品や製品の製造をコントロールする重要な役割を果たしていたものである。右各給与は他の社員と比較しても特段高いものではなく、各会社における愛二郎の働きに応じて支給されていたものである。よって、愛二郎(死亡当時二五歳)の逸失利益は九一四〇万一三〇〇円(820万円×(1―0.5)×22.293)となる。
その他、死亡慰謝料二二〇〇万円、葬儀費用一五〇万円の合計一億一四九〇万一三〇〇円から損害填補額三〇〇〇万円を差し引いた八四九〇万一三〇〇円と相当弁護士費用六八〇万円の総計九一七〇万一三〇〇円が総損害額となる。よって、原告らはそれぞれ、右金額の二分の一である四五八五万〇六五〇円及びこれに対する本件事故の日たる平成三年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(二) 被告の主張の要旨
愛二郎の年収が八二〇万円と高額であるのは、実質的には同族ゆえの利益配当の一変形が含まれているからであり、これを逸失利益算出の基礎収入とするべきではない。原告は愛二郎が受領していた給与を他の社員との比較上高額と言えないというが、比較の対象としては西伝グループ全体から支給されている給与を比較すべきであり、その場合愛二郎の給与が極めて高額であることは明らかである。よって、逸失利益の算出に当たっては、二五歳の平均賃金を基準とすべきである。
第三 争点に対する判断
一 争点1(事故態様、過失相殺)について
1 裁判所の認定事実
前記争いのない事実と証拠(甲七ないし一〇、甲一一の一、二、甲一二ないし二七、乙一の一ないし四)を総合すると次の各事実を認めることができる。
① 本件事故は、中央分離帯を有する車道の幅員約二八メートル(以下の表示はいずれも約である。)、北行き車線だけで四車線を有するほぼ直線の南北道路と幅員八メートルの東西道路が交わる信号機によって交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)におけるものである。
右南北道路は本件交差点付近では平坦であるが、本件交差点南で高架となっており、その頂点は本件交差点南詰めから三四〇メートルであり、交差点付近においては深夜においても比較的明るく、見通し状況は良好である。
南北道路の最高制限速度は時速六〇キロメートルである(特に甲一一の一、乙一の一、二)。
② 本件交差点の信号周期は、北行き車両用信号が青から黄色三秒を経て赤信号になるのに対し、南行き車両用信号は北行き車両用信号が黄色を表示して後も二四秒間青が継続しその後黄色を表示する(特に甲一三)。
③ 被告は、スナック等で飲酒の後、呼気一リットルにつき0.15ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で、友人四人を被告車に同乗させ、前記南北道路を高速度で北進し、前記高架の頂上を過ぎた別紙図面①地点(以下符号だけで示す。)で、アクセルを離し、②で本件交差点の対面信号が青であることを確認し、③まで進行した際に本件交差点の南行き車線の右折用車線を低速度で進行してくる原告車を前方一九〇メートルのの地点に認め、④の点で前方一一一メートルの地点で右折中の原告車を認めながらも、停止するであろうと考え、そのまま時速一三〇キロないし一四〇キロメートルの速度(特に甲一六)で進行し、四〇メートル進行した⑤地点において七〇メートル前方の付近まで原告車が進行してきたのを見て、急制動をかけるとともに、左にハンドルを切ったが及ばず、⑥で点の原告車と衝突した。被告車はそのまま三〇メートル余り原告車を押し出す形で滑走し、⑦点付近の緩衝材に衝突して停止し、他方原告車は点で停止した(特に乙一の一ないし四、甲七ないし一二、一四、一六、一九ないし二七)。
④ 右衝突により、被告車はその前部が破損し、原告車は左側面(運転席側)が大破し、愛二郎は頸椎骨折により即死に近い状態で死亡した。なお、愛二郎の血液中からはアルコールは検出されなかった(特に甲二、一二、一八)。
2 裁判所の判断
右認定事実に照らすと、本件事故のほとんど大部分の責任は被告が負うべきであると考えられる。その理由は以下のとおりである。
被告車の極めて大幅な制限速度違反が本件事故の第一の原因をなしている。仮に④の地点でたとえ時速八〇キロメートルの速度で被告車が進行し、そのまま直進したとしても、本件交差点を通過するには五秒を要するから、原告車が時速一〇キロメートルでから進行しさえすれば、充分通過できる距離関係にあった。第二に被告が④時点で原告車が停止すると考え、そのままの速度で四一メートル進行したことが本件事故の原因である。被告は④の地点で、一一一メートル先で、すでに北から西に向かって右折を開始して、被告車の走行車線であるセンターライン直近の車線を塞ぐように走行しているの原告車を発見しているのであるから、被告において原告車が停止するだろうと考えたことには何らの根拠もない。被告が④時点で急制動をかけておれば、原告車、被告車ともに、そのまま交差点を通過し得たはずである。また第三に、たとえ被告が一三〇キロメートルの速度でしかも、④地点で急制動をかけなかったとしても、⑤地点でハンドルを左に切ることなく急制動をかけるだけでそのまま被告車の進行車線を進行しておれば、少なくとも死亡事故は防げたはずである。衝突時において、原告車の位置は中央分離帯から数えて第二車線から第三車線を跨ぐ位置にあり、被告車は第一車線を走行していたのであるから、被告があわてて左にハンドルを切らず、そのままの車線を直進すれば右衝突は防げた可能性があるし、仮に衝突自体は避けられなかったとしても原告車の後部への衝突ですみ、かかる重大な結果は生じなかったと推認できる。
右第一、第二の基本的注意義務違反、第三の被告の判断のいずれにも被告の飲酒の影響が窺われ、その責任の内容は極めて重大である。そして、右第一ないし第三の点は、同時に、愛二郎の右折の判断自体には基本的な過失が無かったことを示している。
ただ、被告車が原告車に対して優先関係にあること、前記信号周期表によると、南進車は北進車が赤信号で停止した後も対面青信号で右折できる信号構造になっているので、南進車が右折を試みる場合、比較的対向直進車の動静に注意を払う時間的余裕があることを考え併せると、愛二郎にも一端の過失は認められる。しかし、直進車の速度を右折車から判断することはかなり困難を伴うし、一般道路では深夜であっても時速一三〇キロメートルという進行速度は予測の範囲を超えていることからして、愛二郎の過失割合は、被告九に対し一にとどまるとみるべきである。
二 争点2(損害額)について
1 逸失利益
七三一二万一〇四〇円
(原告の主張九一四〇万一三〇〇円)
(裁判所の認定事実)
証拠(原告善三本人、甲三ないし六、二八、二九、三一の一ないし七、三二の一ないし三六、三三ないし四一)を総合すると次の各事実を認めることができる。
① 原告善三は、西伝産業株式会社、姫路西伝産業株式会社、コトブキ産業株式会社の社長であるとともに、右三社の他株式会社ニシデンのほとんどの株式を単独保有している。右四社では株主に対する配当は行われていない。
② 右四社は西伝グループとよばれる産業グループを溝成しており、グループ全体でステンレス流し台の製造販売を業としている。前記姫路西伝産業で製品を製作し、それを西伝産業株式会社において組み立てて製品化し、完成品をコトブキ産業株式会社、株式会社ニシデンで販売するという役割を担っていた。グループ全体の社員数は約六〇名である。
③ 原告善三は、次男である愛二郎を自分の後継ぎにしたいと考えていた。愛二郎は高校・大学在学中から会社の仕事を手伝っていたが、大学卒業後、事務員一人を使い、受注状況の把握、製造の手配、配送の手配、在庫状況の把握をして、右グループ各社の販売計画に合わせて部品や製品の製造を調整するというグループ全体のコントロールタワーの役割を果たしていた。
④ 愛二郎(本件事故当時二五歳、独身)は、平成三年において、西伝産業株式会社、姫路西伝産業株式会社、コトブキ産業株式会社の各社に所属し、各社から合計八二〇万円の給与を受けていた。平成三年一一月における月基本給は西伝産業株式会社では二〇万円、姫路西伝産業株式会社では四〇万円であった。
他方、基本給五〇万円以上を支給されているものは西伝グループの中で、原告両名、その長男と愛二郎を除くと数人だけであり、右数人の年齢はいずれも四〇歳を超えている。
(裁判所の判断)
右認定事実に照らして考えると、愛二郎が西伝グループにおいて重要な役割を果たしていたことは認めることができるし、労働の対価としてその年齢層の通常の者より多額の給与を支給されていたことはあながち不自然とも言えない。
しかしながら他方、右年間支給額八二〇万円は、平成三年賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者・大卒者二五歳から三〇歳までの平均賃金年収四三三万五一〇〇円の二倍近くに及ぶものであること、西伝グループ全体を見ても、愛二郎の年収に匹敵する収入を得ている者は、原告善三、原告孝子、その長男を除けばわずかに過ぎないし、右の者の年齢はいずれも四〇歳以上であり、役職を有していたことが推認できるのに対し、愛二郎は役職を持たず若年であることを考えると、愛二郎の年収の全額が労働の対価であるとするのは疑問が生じる。更に、原告善三は、グループ全体の統括者であり、その社員の給与を自由に決定できる立場にあったと推認できること、グループ各社では株主に対する利益配当が行われていないことを考え合わせると、愛二郎の収入には同人が原告善三の子であることを考慮した利益配当分があり、その全てを労働対価分とみるべきではない。この点で被告の主張には理由がある。現に、原告善三も本人尋問の際、「長男・次男はやはり身内だから給料が多かったと思う。」と述べ(調書四四項)、このことを肯定するような言を示している。
そして、その労働対価分の割合は、会社の規模、他の社員との比較、愛二郎の仕事の内容から考えて、八割と見るべきである。被告代理人は賃金センサスによるべきであると主張するが、これでは愛二郎がグループ全体にとって重要な役割を果たしていたことが全く評価されなくなるので採用しない。
以上から、愛二郎の逸失利益算定の基礎収入は、年間六五六万円(820万円×0.8)として、二五歳から六七歳までの就労可能年数四二年に対応するホフマン係数22.293を乗じ、その生活費割合はこれを五割とみるのが相当であるから、その逸失利益額は七三一二万円一〇四〇円(656万円×(1―0.5)×22.293)となる。
2 慰謝料
二〇〇〇万円(請求二二〇〇万円)
愛二郎の年齢、生活状況、本件事故状況その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮して右金額を相当と認める。
3 葬儀費用
一二〇万円(請求一五〇万円)
本件事故と相当因果関係がある葬儀費用は一二〇万円である。なお、弁論の全趣旨によれば、葬儀費用は原告両名が均等に負担したものと認められる。
第四 損害額の算定
一 第三の三の1ないし3の合計額は、九四三二万一〇四〇円である。
二 過失相殺
右一の金額に第三の一で認定した愛二郎の過失割合一割を差し引いた割合を乗じると八四八八万八九三六円となる。
三 損害填補額
右二の金額から第二、一、5摘示の損害填補額を差し引くと五四八八万八九三六円となり、これを相続人数二で割ると、二七四四万四四六八円となる(なお、右各計算方法は葬儀費用の負担が各相続人間で均等になされたことを前提とする。)。
四 弁護士費用 各原告二五〇万円(請求各原告三四〇万円)
右三の金額、本件審理の内容、経過を考慮すると原告らが原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当関係がある弁護士費用として被告が負担すべき金額は各原告につき二五〇万円と認められる。
五 前記三の金額に右四の金額を加えると、計二九九四万四四六八円となる。
したがって、原告らの被告に対する請求は、各原告について、二九九四万四四六八円及びこれに対する平成三年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官樋口英明)
別紙図面<省略>